朝ごはん

ウホウホ!!

以前書いていた山吹のファンタジーパロ[1]

以前書いていた山吹のファンタジーパラレル。

妙な世界にトリップした南、東方、千石、亜久津がそれぞれ、地・水・風・火を司る魔法使いになる。さらに南と亜久津は女体化してるっていう弾けた設定。とりあえず、東方と亜久津が二人で旅してる部分だゾ。

 

 魔法があると不便がなくていい。

 東方雅美がそう思うようになったのは相当この世界に馴染んできたからなのかもしれない。携帯もテレビもなくて、不便に思ったのははじめだけで三日もすればそうは思わなくなった。実際のところ、知らなくてもいいようなたくさんの情報なんて必要なくて、毎日を豊かにする力の方が必要なのかもしれない。

「おい」

 宿屋の部屋で同行している女がメンチを切りながら、東方に腕を差し出してくる。結構派手に打ち身ができているから、回復して欲しいのだろう。だが、あえて嫌な顔をする。女はザンギリに切った輝く銀髪をかきあげてから、また思いっきりメンチを切る。

「なんだよ」
「テメェ、僧侶だろ?」
「まあそうだが?」
「ん」
「……分かったよ」

 さらにぐいっと差し出されて、やっと水神への祈りを始める。祈りの力を手のひらに込めて、患部にかざせば回復ができるという寸法だ。
 東方がこの世界に来て三ヶ月。大分僧侶の法衣も様になってきた。仏僧が着るような袈裟とはまた違うが、祈りのための衣服とあって形は似ている。長衣型だからつまづいたりしていたのははじめだけで、三日も着れば慣れた。
 つい三ヶ月前まで東方は平凡な高校生として生きていた。毎日学校へ行って、授業を受け、放課後は部活のテニスに勤しむ。帰り道には寄り道をして、帰るべき家に帰ることができる。そんな平凡な日々を過ごしていた。
 しかし、人生とは不思議なもので今は魔物退治に勤しむ毎日である。危険だし、死と隣り合わせだがやりがいのある仕事だった。元々体格が良く、体力もある方だったが、以前にも増してそれが優れてきたように思える。
 今の東方には魔法があった。この世界にやってきて身についたのは水の魔法で水神に祈りを捧げ、人を癒す。時に水や激しい水流で魔物を退治することもできる。東方にその使い方を指南してくれた大僧正はそれを何より誇りに思っているようだったが、東方だってそれを使えることを誇りに思う。

「ほら治った。でも、軟膏があるんだから、打ち身くらいで力を使わせるなよ。自力で治せ」
「ケッ、痛くて眠れやしねーんだよ」

 きれいに痣が消えた患部を撫でて確かめてやりながら小言を言うと女はぷいっとそっぽを向いた。中学生の頃からこのカルシウムの足りない態度が気に入らなかった。お陰で年頃だというのに女のすべすべした肌にだって欲情しない。
 東方がこの世界で初めて目を覚ましたとき、水の魔法を修行している僧侶たちの寺院にいた。寺院にほど近い浜辺に流れ着いていたという。そこから大僧正に拾われ、水の魔法を教え込まれた。
 だが、この世界にやってきたのは東方だけではなかった。目の前にいるこの女だってその一人なのだ。

「しかし、何だって俺と旅するのがお前なんだろうな…」
「…南の方が良かったって顔してるぜ?」
「当たり前だろ。お前なんて二度と会いたくなかった。顔も見たくないくらい、嫌いなんだよ」
「ケッ、俺が女になったのはさぞ傑作だっただろうなぁ?」
「ははは、違いねえ」

 女が立ち上がり、おもむろに拳法着の帯をほどいた。そのまま、衣も脱いでしまう。女の豊満な乳房と獣のようにしなやかな肉体が羨ましいほどさらけ出されているが東方はびっくりするほど欲情しない。何せ、この女は元々女ではないのだ。以前いた世界では間違いなく男だった。
 この女は十年に一度の逸材と謳われ、その実力を持て余していた天才、亜久津仁だった。

「はあ、南や千石は今頃どうしてるんだろうな…」
「……聞き飽きたぜ」
「だって、心配だろ?」
「ケッ」

 かつての仲間を案じながらため息を吐く東方を見て、亜久津は素裸のまま、水筒に入れた水を一気飲みした。
 経緯はさっぱり忘れてしまったが、東方は亜久津の他、無二の親友である南健太郎と千石清純と共にこの世界へやってきたはずだった。亜久津はこうして不本意ながらも再会をして、共に旅をしているが、他の二人は目下捜索中だった。
 再会した亜久津は女の姿で、身なりからして武僧のようだった。武僧は水の魔法を使う東方たち僧侶と違って、火の魔法を使う。火の魔法は人を癒さず、ひたすら攻撃のみに特化している。人を癒すのが僧だというのに、それでは情けないと大僧正は嘆いていた。武僧の格好をした亜久津もやはり火の魔法を使っていて、攻撃のことしか考えていない彼らしいと思った。
 ちらりと亜久津の裸体を見れば、ひどい傷だらけだった。水の魔法を使える東方を再会してから傷痕が残るようなことはなくなっただろうが、それ以前はかつての世界にいた頃同様、相当な無理をしていたようだった。
 亜久津と再会したのは修行をしていた寺院でのこと、火の魔物との戦闘で大火傷を負って運び込まれてきたのだ。なんでも、魔法を跳ね返す魔物との戦闘で、己が放った炎をまともに食らったらしかった。そのとき、その回復に当たったのが東方だった。
 それから、また大怪我をされては堪らないと彼の当てもない旅に同行することになったのだ。
 亜久津のことは嫌いだが、勝手に大怪我をして、勝手に知らない世界で死なれては後味が悪い。どうせ死んでも自分が看取ってやろうと思っただけのことだった。誰も知り合いもいない世界で一人で死んでいくのは嫌いな相手でも可哀想だ。亜久津自身はそう思っていないかもしれないが、そう思う自分自身への予防線もあったのかもしれない。

「さっさと寝るぞ、今日は」
「おう」
「明日は山へ行く」
「山? またなんで…」
「いいからさっさと寝ろ」

 唐突に進路を決めた亜久津の背中を睨んでいるとメンチを切り返された。女になってもすごい迫力である。東方はすっかり迫力負けしていた。すごすごと二つある寝台のうち、一つに潜り込む。

「俺もお前も魔法使えるけど、南や千石も何か使えるようになってんのかな…」
「知らねーよ。早く寝ろ」
「だよなあ…」

 南と千石はどこで何をやっているのだろう。自分と亜久津同様、魔法が使えるようになって、どこかで魔物退治をしているのだろうか。だとしたら、心配だった。魔物退治は命がけだ。

「山には山賊がいるらしいぜ」
「そりゃ物騒だ」
「だが、この世界の山賊は地母神に祈りを捧げる山の守人だ。お前が思ってるのとは違う」
「そうなのか。いい奴らなんだな」
「そりゃ、祈りを渋るクソ僧侶のテメェなんかよりずっと親切だ」
「うるせーよ。にしても、お前なんかえらいよくしゃべるな。どうした?」
「ケッ」

 布団から起きあがり、隣の寝台を見てみると全裸のまま布団に潜り込もうとする後ろ姿が見えた。その表情は見えない。一緒に旅をするようになって初めて知ったが、彼はどうやら寝るときは裸タイプの人間らしい。
 亜久津はもうこれ以上何か話してくれる気配は見えない。もし、南や千石が何らかの魔法を得ているのだとしたら、魔法を使える人間が集まっている場所を探すのが一番かもしれない。寺院の傍で流れ着いた東方のようにそこにいるのかもしれない。

(亜久津…)

 きっと亜久津はそれを知っていたのだろう。だから唐突に山行きを決めたのだ。あくまで憶測の連続なのだが。
 寝ている女の背中は規則正しく上下していた。